センター試験のはなし

 最近何故かレトロにブログが流行っているらしいので、流れに乗ってみました。そういえばツイッターも『思いをテキストにしました』系が増えましたね。数百字程度じゃ思いの丈をぶち撒けるのは少しだけ難しいのかもしれません。

 僕も基本的に推敲しないと文なんてウンコ垂れ流しって感じなんで、ブログもぶりぶりやっていこうと思います。推敲してもウンコだけど。

 

 さて、今回の会話テーマはセンター試験。結構話題になってますね。皆の人生を決める分水嶺かもしれません。最近は学歴マウントってのもあるようで怖いもんですね。

 

 ……まず、うちの地域の高校は大別すると4種類ありました。

 

1.進学校A

2.進学校に入れないやつらが詰め込まれる所B

3.男9.5割の工業高校C

4.その他高校

 

 こんな感じ。センター試験を受けるなんてハイレベルすぎる奴らはもう1しか居ないんですよね。ウチのような田舎じゃセンター試験なんて受けるのすら選ばれし者しか居ない訳です。

 そして、僕の通っていた高校は2でした。つまり僕、センター試験を受けたことが無いんです。学歴レベルでいうと最底辺って感じでボコボコにされるポジションですね。

 中学校の頃仲良かった進学校へ通ってる奴らが『俺センター○点……』とか言ってるのを尻目に『授業中マリオカートDSを隠れて出来るか』とかをクラスメイト5~6人でやってました。ゲームシェアリング機能最高だったね。

 そりゃあ学歴厨にボコボコにされるわ。むしろその前に先生にボコボコにされる感じですが。

 

 まぁそこは置いといて。

 ただ、そんな学歴レベル底辺時代を過ごした今だからこそ思えるんですが……なんだろう。センター試験を受けて、いい結果を出して。良さげなとこへ行った奴らが幸せになったのかっていうと個人的にはノーなのかなと。

 というのも、バカ校でバカしてた奴らが成人式で会った時、凄い幸せそうに生きてるやつが多かったんですよね。

 ……あ、センター試験で高得点を取った奴らは成人式だと大学生なんで、彼らが幸せに生きているのかはよく分かりません。もっかい会ったら分かるかもしれないけど、今後一生会わないような気もする。今回は上が幸せそうじゃなかった話じゃなくて下が幸せそうだった話ですよ。念のため。

 

 僕が言いたいのは、幸せの形ってのは人それぞれで、どこまでも主観だってこと。

 例えば僕の人生を全て他人にさらけ出して批評して貰って、客観的人生スコアがかなり低かったとする。

 それでも『僕は今とても幸せだ!』と思っているとするのであれば、それってあんまり意味ないでしょう? っていう。

 だからまあ、センター試験で悪い点を取ったとしても。それで目指していた良い大学に入れなかったとしても、いつか自分が幸せだなあと思えるポイントに着地出来るのが大事なのかなあなんていう風に思うんですね。

 

 勿論『いい大学に入るのが幸せ』という幸せの形もあります。上を目指すのを否定する訳じゃない。

 やろうとしなければ良い形の着地点も探せないと思うし、もしかすると僕が知らないところで高学歴組は俺には想像の出来ない『レベルの高い幸せ』なんてものを掴んでいるのかもしれない。

 ただ……学生時代はどうしても指標が学歴とかテストの点数とか部活の成績とか。ある程度一辺倒な部分というか、評価基準の部分によって視野が狭くなりがちなので。

 人生には様々な着地点があって、幸せかを決めるのかは自分自身であると、そう言いたい訳なのでした。

 今から試験を受けるだろう人らにはなんやねんって感じだろうけど、もし悪くても気落ちせず頑張ってください。

 

 おしまい